自炊の湯治宿にて

大沢温泉大沢の湯 出典:HP エッセイ
大沢温泉 大沢の湯

東北の湯治宿として有名な大沢温泉に行ったとき、素敵なエッセイに出会いました。松浦弥太郎氏のエッセイが掲載されている雑誌のコピーが、宿に置いてありました。

『自炊をする台所で小柄な老人は、めざしを焼いて、おみおつけを作り、持参した梅干しで朝めしを食べていた。声をかけると、おみおつけを一杯ごちそうになり、その後風呂でも顔を会わせ、仲良くなり雑談をするようになった。ある日、宿にあった漢詩の本を松浦氏が読んでいると、老人は「漢詩はあなたの人生を助けますよ」と言った。

ある朝、1台のロールスロイスが迎えにやってきた。それに乗り込んだカシミヤのニットにジャケットを羽織った老人の別人ぶりに、松浦氏は驚き、ため息をついた。「漢詩とは芸術のひとつではあるけれど、結局、自由とは何かを考えることなのかもしれませんね」と老人は言っていた。』

滋味あふれるエッセイです。湯治宿に自炊で逗留し、好きな時間に食事を取り、温泉に浸かって、あとは読書か、ぼんやり景色を眺めている。心身ともに解放され、自由を満喫する時間(とき)が、体に染み込んでいく。忙しい日常から切り離された、年に数日間の湯治の逗留は、人生の意味をも考えさせるのかもしれません。

このエッセイを読んだとき、もうひとつの話を思い出しました。経済的にも社会的にも成功したご夫婦が、年に一度は安宿に逗留して、質素な日々を過ごすというものです。経済的に恵まれた生活を送っているうちに、幸福に慣れてしまって感謝する気持ちが薄らいでくる。社会的に恵まれた立場にいると、周りが見えなくなり謙虚さが失なわれてくる。こうした慣れをリセットするために、年に一度は質素な環境に身を置き、謙虚さを取り戻すようにしている、というものです。

ロールスロイスの老人も、自由を満喫するためだけならば、普通の温泉宿でも良かったのかもしれません。湯治場の自炊場で、めざしを焼いて、おみおつけを作っていたのは、駆け出しのころの苦労や謙虚さを、思い起こしていたのかもしれません。

大沢温泉は一軒宿で、湯治客向けの自炊ができる「湯治屋」と、和風旅館の「山水閣」があります。