大磯の魅力発見 明治の別荘地、海と山、老舗の味

大磯港 灯台 エッセイ

神奈川県大磯町は、吉田茂別荘を構えたことで有名ですが、彼以外にも多くの政治家、財界人、文化人が大磯に集いました。吉田茂の言う「大磯の開かれた海と明るさと温かさ」が、多くの人々を魅了したのでしょう。実際大磯の駅に降り立ちますと、「明るく広い空」と「さわやかな空気」そして「清々しい土地の気」を感じます。

大磯は、1885年(明治18年)に陸軍軍医の松本順によって日本初の「海水浴場」が開設されたことにより、別荘地としての発展がはじまります。1887年(明治20年)に国鉄東海道本線の「大磯駅」が開業し、1896年(明治29年)に初代総理大臣伊藤博文が大磯に住んだことで、多くの著名人が大磯に別荘を建てました。政治家では山縣有朋陸奥宗光大隈重信西園寺公望など29名。財界人では、浅野総一郎(浅野財閥、セメント王)、岩崎弥之助・久弥(三菱財閥)、古河潤吉(古河財閥)、安田善次郎(安田財閥、銀行王)、池田成彬(三井財閥)など64名。文化人では島崎藤村など20名が大磯に居を構えていました。

伊藤博文や吉田茂が居を構えた時代には「政界の奥座敷」とも言われ、多くの人が大磯詣でを繰り返す政治の舞台ともなりました。それぞれの邸宅で来客との面談や賓客の接遇を行うとともに、大磯町の飲食店との交流も大切にしていたようです。現在もこれらの店は営業を継続しており、大磯駅前の料亭「松月」は伊藤博文の料理長が、伊藤本人から「松月」という屋号を授かり店を開いたものです。うなぎ「国よし」は江戸時代創業の老舗で、吉田茂はこの店の「特選うな重定食」が好みでしたし、新杵の「虎子饅頭」を来客に振舞ったり、井上蒲鉾店の「はんぺん」がお気に入りで、大磯に来た客人に「大磯土産は井上にしろ」と言ったとされています。当時の著名人たちが好んだ味を、今でも楽しむことが出来るのは、別荘地として隆盛を誇った大磯ならではの財産でしょう。

大磯に別荘を構えていた人たちは、相互に行き来して交流を深めたり、散策し、富士山を眺めて、保養の時を過ごしていました。現在でも相模湾に少し突き出た「照ヶ崎海岸」からは、海越しに富士山を見ることが出来ますし、大磯町北側の小高い山の上にある「湘南平」からは正面に富士山が望めます。また、町内の「城山公園」の展望台からも、遮るものがない美しい姿の富士山を見ることが出来ます。町内各所から富士山を眺めることが出来る贅沢は、住む場所を決める要素としてはとても魅力的なことだと感じます。

東京近郊の別荘地としては、最近では軽井沢や熱海の人気が高いようです。どちらも新幹線が通っていますし、開発されたエリアも大きな広がりを見せています。一方、混雑や過度の賑わいが別荘地としての落ち着きを損なっているとの声も聞かれています。大磯は、穏やかな気候の自然、富士山の眺望、著名人の別荘地だった歴史、地域に根付く文化、などがある「別荘地の機能を持つ住宅地」とも言える普段着の街です。大磯の環境は、生活の中に「別荘」的なものを感じる魅力がたくさんあると言ってもよいでしょう。また、大磯から周辺地域へのアクセスは良く、東は湘南江の島鎌倉まで約30分です。西は湯河原熱海箱根まで約30分ですので、大磯以外の周辺の観光にも最適な立地です。私自身、現在大磯の魅力に夢中になっています。これからも、少しずつ大磯の魅力を発信していきたいと思います。

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国よし HP

西湘コネクトHP 新杵

井上蒲鉾店 HP