「貸し間旅館」の丁寧な掃除と、共同生活での心配り

広縁 大黒屋 エッセイ

温泉湯治に行くときには、「貸し間」形式の宿にじっくり腰を落ち着けるのが好きです。料金が安いメリットのほか、滞在期間中はその部屋をあたかも自分の部屋のように24時間自由に使えることや、宿の食事時間に縛られず自分が好きなものを好きな時間に作って食べられるところも気に入ってます。「貸し間」とは、江戸時代に都市化が進んだことにより長屋や借家などを部屋単位で貸し出すようになったことが起源とされますが、明治時代になると温泉地などで「貸し間旅館」が登場し、長期滞在者や湯治客を受け入れることが盛んになってきたようです。

宿泊している鉄輪温泉の「貸し間旅館」の広縁から外を見ていますと、向かいの旅館の女将さんが窓ガラスの裏表を二枚の雑巾を使い分けてきれいに磨き上げ、さらに網戸とサッシュの溝まで丁寧に拭きあげています。建物は古くても隅々まで行き届いた掃除で清潔感を保ち、宿泊者が気持ちよく過ごせるよう心を尽くしている様子を見て、とても爽やかな気持ちになりました。

「貸し間旅館」では素泊まりが基本ですので外食をするか、あるいは地元のお店で食材を調達し、温泉の蒸気を利用した「地獄蒸し」や「共同キッチン」で自炊をすることになります。「地獄蒸し」や「自炊設備」は清潔に保たれていますし、調理器具や食器類、調味料などのほか「地獄釜」を扱うときに必要となる「皮手袋」なども用意されており、湯治客が好きな時に自由に料理ができるよう配慮されています。一方、宿泊者は使用した器具類やごみ、残飯の処理などを適切に行い、旅館や他の宿泊者に迷惑をかけないよう心がけます。お互いの気遣いが幾重にも重ねられた、心温まる共同生活です。

「貸し間旅館」では湯治客は家族のように迎え入れられます。旅館の人と暮らしているようなおおらかさと相互理解を尊重することで、湯治客の長期滞在が快適になっていきます。また、宿泊者同士の関係性も大切です。多くの宿泊者は数日間連続して滞在することが多いので、共同キッチンや洗面所、地獄窯の前などで顔を会わせることもあり、自ずと顔見知りになっていきます。古い建物は遮音性が劣ることが多いので、深夜早朝の会話やテレビの音、廊下を歩く足音などの生活音に対する心配りが必要となり、各人の社会性練度が試されます。

「貸し間旅館」で連泊していると、滞在期間中は旅館の人は入室してきません。温泉に入って昼寝してもいいですし、外出せずに一日中部屋でゆっくりしていても大丈夫です。部屋の中で過ごすことが多く、しかも数日間にわたることから、部屋の清掃には特に気を遣って、滞在が快適になるように心を尽くしているようです。滞在している期間中に、他の部屋を清掃している場面に遭遇しましたが、部屋中をひっくり返すようにして、隅々まで丁寧に清掃されていました。

広縁のソファに座って外をのんびり眺めます。ふと思って、自分の座る部屋の窓ガラスを注意深く観察してみますが、隅々まできれいに拭き清められています。網戸を見てもチリひとつなく綺麗です。この部屋には滞在中の数日間は宿の人は入ってきませんが、私が退出したあとには、きっと丁寧な清掃が行われるのでしょう。先ほど女将さんの心を込めた掃除が行われていた向かいの「貸し間旅館」の部屋には、白いきれいなレースのカーテンが掛かりました。部屋の全てが綺麗に仕上げられ、これから新しいお客さんを迎えるのでしょう。

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