塩の不思議
大相撲と塩
大相撲では、立合いまでに長い時間をかけて所作を行います。まず水を口にして「内」を清め、次に塩を土俵へ撒いて「外」を清めます。四股で大地を踏み、両手を広げて武器のないことを示し、相手と息を合わせ、互いの覚悟を整えてから勝負に入る神事的な性格を受け継いでいます。相撲はもともと五穀豊穣を願う神事と深く結びついていて、特に力士が取組の前に撒く「清めの塩」には、神聖な土俵から邪気を祓い、力士自身の心身を清め、怪我のない勝負を祈る意味が込められています。
テレビで見るとすべての力士が塩を撒くように見えますが、実際は十両以上の関取が撒いて幕下以下にはその機会がありません。塩を撒けることは「関取になった」という身分上の到達点でもあるのです。撒かれる塩の量は、本場所1日で約45kgにもなるそうです。
塩の清浄力
日本では塩は「清浄」を象徴します。神道でいう「穢れ」は、死・病・災いなどに触れて乱れた状態ですので、塩にはそれを祓うものとしての意味が与えられ、「場」と「人」を本来の落ち着いた状態へ戻します。店先の小皿に盛る塩、祭礼の前の清め、葬儀の後に身体へ振る塩。いずれも目に見えない境目を整えるための所作です。
もっとも、塩が「悪いものを吸い取る」ことは科学的には証明されていません。しかし塩は食物を保ち、傷に沁みます。海水が乾けば白い結晶として残り、目に見えて手で扱え、しかも生命と腐敗の境界に作用します。この強い実感が、塩を単なる調味料ではなく、清めの象徴へと昇華させてきたのでしょう。
世界における塩
こうした塩への敬意は、日本だけのものではありません。古代エジプトでは遺体の保存に塩が使われ、地中海世界では供物や友情、客人への供応と結びついていました。給料を意味する英語 salary の遠い背景には、塩の価値があります。ユダヤ教・キリスト教の伝統では、塩は契約や永続性を連想させます。聖書には塩への言及が30回以上あり、新約聖書の「あなたがたは地の塩である」という言葉は、塩は少量で味を整え、食物を腐敗から守るので、人もまた、傷みそうなものを支え、関係を長持ちさせる存在であれ、という静かな倫理を示唆しているようです。インドでは塩に悪い視線を引き受けさせる習わしがありますし、ヨーロッパでは、塩を左肩越しに投げると背後の災いを追い払うと信じられています。日本の盛り塩や清めの塩と同じく、人は白い結晶に目には見えない不安を託してきました。
塩の護符
沖縄では「マース」と呼ばれる塩を、遠出の際に身につける風習があります。土地を離れ、異界ともいえる旅の空間へ入る不確かさに対して、人々は少量の塩を身につけ、清め・魔除け・安全を祈ります。これは、日本で広く行われる「清めの塩」と共通する感覚です。
「塩の護符」は日本固有の文化ではなく世界的に見られる傾向で、一例としては岩塩を持つ習慣で、19世紀にはモロッコで邪悪なものを遠ざける護符とみなされていたこと、またナポリでは岩塩の小片を首から下げ護符としたことが記録されています。スイスには、岩塩をポケットや杖の中に入れて持ち歩けば霊的な敵から守られるという伝承があります。岩塩の小片は魔除けの護符とみなされ、安全を祈り、不安を整える民俗的な習慣として定着していたのでしょう。
塩の保存力
塩の保存力は、食品から水を奪い「乾かす」ことと、微生物が使える水を減らすことにあります。干物はその代表例で、魚に塩を振り、風に預けることで作ります。塩は魚の身から水を引き出し、細菌が利用できる水まで少なくします。さらに風が残りの水分をさらっていくことで、魚は傷みやすい生鮮品から、時を抱え込める保存食へ変わります。塩は腐敗を止める魔法ではなく、腐敗を生む小さな生命たちから、「生きるための水」を静かに遠ざける技術です。
塩と身体
体内での役割
塩は、身体の内側でも重要な役目を担っています。食塩の主成分である塩化ナトリウムに含まれるナトリウムは、体液量を保ち神経の情報伝達と筋肉の収縮を可能にする、いわば生命活動の管理役を担っています。汗を大量にかくと、水分とともにナトリウムも失われます。暑い環境での労働や運動では、水だけでなく適切な塩分を含む飲み物が勧められる理由がここにあります。
良いのか悪いのか
ところが、塩を摂りすぎると血圧を上げ、心血管疾患や脳卒中の危険が高まります。 ここに塩の不思議があります。生命に不可欠であることと、無制限に身体によいことは、まったく別なのです。「塩は身体に良いか、悪いか」という単純な問いへの答えは、少し物足りませんが明快で、塩は必要であり過剰は危険だということです。汗をほとんどかいていない日常で、漬物・汁物・加工食品・外食を重ねれば、知らぬ間に塩分は増えていきます。他方、真夏の長時間の屋外作業や激しい運動で大量に発汗したときには、水分だけでなく失われたナトリウムも状況に応じて補う必要があります。屋外での環境、身体の状況、発汗量、食事内容を見て、塩との距離を調整する知恵が必要です。
まとめ
友人に勧められて、旅や外泊の際に「岩塩」を携行するようになりました。日常を離れ、旅の空間に身を置く不安を取り除く、魔除けと安全の願いです。塩は、土俵を清め、食べ物を時から守り、身体の水分と神経の働きを支えます。ただし、身体に必要だからといって、無制限に摂ればよいわけではありません。日常では摂りすぎを慎み、大量に汗をかくときには水分とともに適切に補います。白い小さな結晶は、祈りと保存、生命と節度を、同時に教えてくれています。
