のんびりとした散歩は脳を活性化し、二人で歩くと会話が深まる。

のんびりとした散歩で着想を得たイラスト 日常生活
日常生活

ゆったりした散歩のような軽い有酸素運動は「発想の広がり」を高めやすく、作家や画家などの表現者にとって、着想づくりや気分の切り替えに有効だと言われています。軽い歩行は、発想を広げる「拡散的思考」を高めるとされ、スタンフォード大学の実験では、座っているときよりも歩いているときの方が、創造性課題で約60%発想量が増えたと報告されています。一方、正解が一つのパズルを解くような「収束的思考」では、歩くと成績が上がらないか、むしろ座っている方が有利となります。​また、強度が高すぎる運動はかえって発想の柔軟性を落としますので、創作前の散歩は「少し息が弾む程度」までに、とどめるのが理にかなっていると考えられます。

人は「ぼんやりしている」ときに、過去や未来、自分や他人について自由に思考する「マインド・ワンダリング(心の散歩)」をしやすく、このときの脳の状況を「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼びます。散歩中は、外界へ注意する必要が少なく単調な運動が続くため、DMNとなりやすく、記憶の想起、未来のシミュレーション、他者の心の想像などが自然に混ざり合い、創作の「材料」が結びつきやすい状態となります。

スティーブ・ジョブズは、「歩きながら」重要な話し合いや、ブレインストーミングを行うことを好んだことで知られています。座って向かい合う会議では議論が硬くなり、アイデアが出にくいと考え、「歩く」ことで思考を柔らかくし、創造的な発想や率直な対話を引き出すことを狙いました。この場合は、ひとりで散歩するときほど「ぼーっ」とはできませんが、横並びで歩くことで心理的な圧が低くなり、本音や大胆なアイデアを出しやすい雰囲気を作れる利点があったのでしょう。二人で並んで歩くのは、お互いを見つめ合っていない分、ふたりの関係に対するお互いの意識は低くなります。

散歩をすることは身体のリズムを生み、意識しなくても足が前に出る程度には自動的で、でも完全に無意識というわけでもない。この「ちょうどいい負荷」が、頭の中にゆるやかな余白を作ってくれるのでしょう。ゆるやかに身体が動くと、心が開放されてきます。誰かと並んで歩いていると、視線は自然と前方の景色へ向かい、言葉だけが横から届いてくる。そのポジションと距離感が人間の対等感を生み、本音を口にしやすくさせるのかもしれません。しかも、お互いに「歩く」という作業をしてるから、しばしの沈黙があっても気になりません。それになんといっても、二人とも前を向いてるので「前向き思考になる」、はずです。