散歩の途中で拾う「犬のウンチ」からの考察

散歩の途中で、飼い犬のウンチを拾う 日常生活
日常生活

犬を連れて散歩する人をよく見かけます。自分の健康のために散歩を習慣にしていたり、飼い主同士の交流を楽しんでいるのかもしれません。その折り、よく見かけるのが「犬のウンチ」を飼い主が拾う姿です。最近はマナーも良く、皆さんきれいにウンチを拾っていますが、そもそも犬のウンチはなぜ拾いやすいように「ほどよい固形」として出てくるのでしょう?

犬のウンチ

犬のウンチがいつも「ほどよい固形」となっているのは、犬の消化器の仕組みを研究したドッグ・フードの設計によって、「よくまとまった便」が出るようになっているためです。理想の犬の便は、細長いソーセージ状の形で、やわらかい粘土のような固さで、地面にほとんど跡を残さない状態が「健康で拾いやすい便」とされています。

犬の大腸は体格に応じて長さと容量が変わり、滞在時間の違いが水や電解質の消化に調整を与え、便の水分量や硬さに影響します。市販のドッグ・フードは、犬の体格に応じて「一定以上の消化率」と「適度な繊維」「ミネラルバランス」を調整することによって、形のある便が出やすいよう設計されています。高品質フードや生食は消化されやすい原材料を使い、排泄量そのものを少なくし、より小さく締まった便になるように工夫がされ、栄養とともに片付けやすさも重視されています。

すべての犬の便が「適度な固形」となるわけではなく、ストレスや食べ過ぎ、拾い食い、感染などにより下痢や軟便となったり、脱水や繊維不足によってカチカチの便になるなど、さまざまに変化して理想の形を外れることもあります。飼い主と​散歩している犬の便が、「きれいに拾える便」に偏って見えるのは、飼い主が犬の健康管理に気を使い、与えるフードを適切に調整している結果であり、「犬だから常にほどよい固形」というわけではありません。

犬は基本的に栄養バランスと繊維量が調整された同一のフードを、毎日同じ量食べるため、腸内環境と便の状態が整う「構造的な安定」により、毎日同じ固形物が作られます。言い換えると、犬の胃袋には「今日の気分」という概念はありません。朝はパンにするかご飯にするか、洋にするか和にするか、そんな迷いは一切生じません。用意されたフードが、いつもの皿に、いつもの量で入っていて、それをただ今日もおいしく食べるのみです。選択の余地がない代わりに、悩みもなく、腸は淡々と仕事をこなし、大腸は忠実に水分を調整し、最後に出てくるのは、飼い主にとって拾いやすさを兼ね備えた、「規格品」とも言える「適度な便」です。

人間の食卓

犬の便がきれいにまとまっているのは、フード設計と日々のメニューの単調さによるものだという話を知ったとき、人間世界のちょっとした贅沢が、急に輝いて見えてきました。わたしたちは、毎日違うものを食べられるどころか、「今日は何を食べたいか」を自分で選ぶことが出来ます。それは犬からすると、きっと目が回るほど複雑で羨ましい世界に違いありません。

人間の食事は、朝からしてすでに変化に富んでいます。トーストにするかご飯にするか、フルーツを足そうか、コーヒーは濃い目か薄目か。昼になれば、ラーメンかパスタか、はたまたサラダランチかと、メニューという名の小さな人生選択が、毎日律儀に目の前に現れてきます。夜ともなれば、疲れた心を理由に「今日は奮発しよう」と、揚げ物やらスイーツやらで胃袋の宴を開くことも可能です。

友人とテーブルを囲んで美味しい食事を楽しみ、新しい味に出会い、季節の果物を味わい、旅先の郷土料理に驚く、食の自由があります。昨日と違うメニューを選ぶことで、生きていることを舌で確かめているのかもしれません。しかし、好きなものを食べるという特権を、ただ胃袋の歓楽街として消費し、刹那の快楽で終わらせては、少々片手落ちかもしれません。

トイレでの考察

欲望と好奇心に従って食べ物を選んだ結果は、翌朝のトイレで目にすることとなります。脂っこいものが多い日は、重く鈍い感覚として体を通過し、野菜が多い日はスルリとした解放感となって姿を現します。妙に回数が増える日もあれば、静かにすべてが滞っている日もあります。お酒の飲みすぎも、甘いものの食べすぎも、すべて腸は覚えていて、翌朝には採点結果がそっと提示されます。

人間の食卓を単なる享楽の場ではなく、明日の体調をデザインする作業場だと考えると、今日の一皿を味わいながら、「これを明日の自分はどう受け取るか」と想像を巡らせることになります。今日何を口にするかは、明日の自分へのささやかな贈り物を選ぶことになります。便の状態や回数は、決して上品な話題ではありませんが、これほど正直に「自分が選択した結果」を示してくれるものはありません。

朝、静かにトイレの扉を閉めて、便座に腰掛けます。そこで向き合っているのは、昨日の皿の記憶と、今日の体調、そして明日の自分への小さな約束です。トイレでひと仕事終えたあと、「ああ、昨日はなかなかよい選択だったな」と静かに頷ける日が増えていけば、それは暮らしが少し整ってきた証でしょう。便はきれいに流してしまいますが、その状態や感触を記憶にとどめることで、自由な食事と健康な生活を両立できるかもしれません。