「あかすり」を初めて体験しました。これまでの温浴施設の楽しみは、長めに湯船に浸かって汗を流し、サウナでひと汗かいて冷水で締めて外気浴で整う、というのが定番でしたが、今回は「あかすり」という新しい扉を開けてみました。正直なところ少し構えて、肌が痛くないかな、赤くなりすぎないかな、と心配していましたが、その印象はあっさりと裏切られました。
まずは15分ほど湯船に浸かり、体をしっかりふやかすように事前に指示を受けます。温まった皮膚は柔らかく、余分なものを手放す準備が整います。そこへ韓国式の「あかすり手袋」で「ゴシ、ゴシ」と一定のリズムで身体の表面を擦っていきますが、不思議と痛くありません。むしろ適度な刺激が心地よく、眠っていた皮膚感覚が少しずつ目を覚まし、身体の輪郭がはっきりしていくような感じです。
そして驚くのは、出てくる垢の量です。想像以上という言葉では足りず、ここまで出るかと半ば感心し、半ば呆れます。しかも親切なことに、その量を自分の手で触って確認させてくれますので実感が伴います。目に見える変化は人を納得させます。日々きちんと洗っているつもりでも、身体の表面にはいつの間にか古いものが蓄積しているようで、清潔であることとは別に、時には「船がドッグに入る」ように身体を整える必要があるようです。
「あかすり」で余分なものを落としたあとは、オイルで皮膚を整え、仕上げのマッサージで身体をほぐしてくれます。単に「こすって終わり」ではなく、刺激と安らぎがひと続きになっていて、最後にきちんと着地させる、きわめて繊細な手順です。終わったあとの肌はつるつるで、触れるたびに軽くなった自分を確かめる気持ちとなり、まるで古い皮を脱いで生まれ変わったようです。
さらに印象深かったのは、施設そのものの佇まいです。オーナーが起居していた和風邸宅の敷地を再利用して造られた施設は、近代的な温浴施設と和風家屋・日本庭園が見事に融合しています。邸宅跡を再利用している食事処からは、きれいに整備された枯山水の日本庭園が望めます。派手さはありませんが、視線が自然と落ち着きます。石の置き方、砂の流れ、余白の取り方。そのどれもが、騒がしい気持ちを静める方向に働きます。庭の飛び石の途中に「関守石」が置かれているのに気づきました。あえて立ち入ることをためらわせる、その控えめな構えに、和の美意識がにじみます。便利さや効率とは別のところで、人の心を整える力がそこにはありました。
歳を重ねると身体は若いころのようにはいきません。疲れは抜けにくく、放っておけば肩も腰も重たくなってきます。だからこそ休むだけでなく、温泉に浸かり、サウナと外気浴を楽しみ、さらには、あかすりでこすられてマッサージを受ける、きちんとした身体の手入れが必要かもしれません。加えて、庭を眺めて静かな食事処でひと息ついていると、その流れの中で身体の表面だけでなく、気持ちの内面までが少しずつ整ってくる気がしてきます。
心身ともに癒された一日となりました。日常生活ではつい動き続けてしまいますが、時には古いものを落とし、静かに整える時間が必要かもしれません。「あかすり」はそのことを思い出させてくれました。またひとつ、年を重ねた身体に似合う楽しみを知りました。


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