そば屋「虎ノ門大坂屋砂場」の起源は、豊臣秀吉が大阪城を築造するときに、近くの「砂場」でそば屋を始めたことに始まります。徳川家康が天下を統一したのちは江戸に下り、大坂屋砂場としてそば屋を始め、明治時代には山岡鉄舟・高橋泥舟・勝海舟らが常連となっています。勝海舟の「書」が今も店内に残ります。
外観
高層ビルの中に埋もれるように、美しい和風建築が存在を示します。千鳥破風の瓦屋根に下見板張り、白漆喰の小壁、2階の木枠の窓と優美な手すり、1階の連子(れんじ)窓、と和風建築の意匠がふんだんに盛り込まれています。

1923年(大正12年)に建てられたこの建物は、戦禍を免がれ2011年(平成23年)に国の有形文化財に登録されました。2020年(令和2年)には前面道路の拡幅のため、建物を持ち上げて移動させる「曳家」が行なわれ、4mほど西に移動させました。
千鳥破風
千鳥破風がこの建物の印象をキリリと締めています。そもそも破風とは切妻造りや入母屋造りの屋根の三角の部分を指し、千鳥破風とは屋根の斜面に付いた破風のことです。
白漆喰の小壁と下見板張り
下見板張りと白漆喰の外装の美しいコントラストです。白漆喰の1・2階の小壁が白い二本のラインとなり、シャープな印象です。2階はガラス建具で開放的ですが、1階の窓は連子(れんじ)の落ち着いた雰囲気です。小壁とは和風建築の内装において、開口部上部の鴨居(かもい)や長押(なげし)より上の部分の壁を指します。

(参考)【長押いろいろ】鴨居の上=内法(うちのり)長押、天井廻縁の下=天井長押、小壁の上部に蟻壁を造る場合=蟻壁長押、窓下や腰回り=腰長押、柱の最下部=地長押
連子(れんじ)窓
1階の窓は木を縦方向に並べた連子(れんじ)の建具で覆われて、落ち着いた雰囲気です。連子(れんじ)とは、棒状の木や竹などを縦あるいは横の一方向に並べたもので、縦横に交差する格子(こうし)と区別されます。

木枠の窓と手摺
2階の下見板張りと木枠のガラス窓です。窓の手摺は寺院建築のような凝りようです。

内観
木と漆喰で端正にまとめられた落ち着いた雰囲気です。飾り棚には垂れ壁と落とし掛け(垂れ壁下の横木)、仕切り壁の開口には竹の格子が配されています。
1階のホールは3つのゾーンに分けられて、入り口右手は書院風の違い棚があるエリアで、入り口正面のホールが仕切り壁でふたつに分けられています。2階は訪問した時には使用を中止していて、そこにある勝海舟の書は見れませんでした。





蕎麦と料理
メニューは豊富でお酒のおつまみの種類も多く目移りがします。天種の種類も多くカラット揚げられて、とても美味しい天ぷらでしたです。お蕎麦は海苔掛けそばが人気のようで、ご覧のような海苔の量です。




おまけ
「自転車」と「込み栓」
店の前に年季の入った「自転車」が止めてあります。骨董品のようですがまだ現役なのかもしれません。都心をこの自転車で出前してたら「粋」ですね。
写真右は、店内の「お手洗い」の扉の内側です。カギが「込み栓」とは、なんともレトロで面白い演出です。


まとめ
東京に残る歴史建築のお店としては、屈指の部類に入ります。虎ノ門という都会の一等地にありながら、敢えて国の有形文化財登録をして建物の歴史を守る店主の心意気に拍手喝采です。営業の応援もかねて、本物の歴史建築のなかで、400年の歴史を持つおそばを頂いてみてはいかがでしょう。
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「砂場」蕎麦に関する別記事があります。ご興味のある方はお立ち寄りください。