「その手は桑名の焼き蛤」という洒落言葉で知られる桑名の特産品はまぐり。江戸時代には歴代将軍に献上され、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場します。そんな桑名のはまぐりの歴史や特徴と名店ならびにその料理をご紹介いたしましょう。
歴史と特徴
はまぐりの種類
国内で流通しているはまぐりは、日本在来種の内湾性はまぐりと外洋性頂線(ちょうせん)はまぐりの2種類と外来種のシナはまぐりの合計3種類です。桑名市で獲れるはまぐりは内湾性で海ほど流れが強くない場所で育つため、外洋性のハマグリに比べて殻が薄く身がぷっくらしていて柔らかいのが特徴です。
桑名のはまぐり
桑名の漁場は木曽三川(木曽川、揖斐川、長良川)の淡水と伊勢湾の海水が混ざり合う栄養豊富な水域のため、桑名のはまぐりは身がふっくらと大きく濃厚な味わいとなります。このため江戸時代には将軍家への献上品となり、「東海道中膝栗毛」で紹介されたり「浮世絵桑名宿」でも描かれています。お伊勢参りに訪れた人々により全国にその名が知れ渡ったといわれています。
衰退と復活
地元赤須賀漁業協同組合の資料をもとに、桑名のはまぐり漁の衰退とその復活への取り組みをご紹介しましょう。
漁獲量の激減
戦後の高度成長期に行われた埋め立てや名古屋港防潮堤の建設などの影響で多くの干潟が失われ、はまぐりの水揚げが激減しました。左の図でわかる通り昭和20年代(1945年~)は干潟が大きく広がっていましたが、現在は右の図の通りその多くが失われています。赤色が干潟のエリアです。
昭和40年(1965年)頃には3,000トンの漁獲量がありましたが、平成7年の過去最低値では0.8トンにまで激減してしまいました。
復活への取組み
種苗生産
種苗生産とは卵から稚貝になるまでの自然環境では最も過酷な時期を人の手で管理し、その後自然界に放流するというものです。地元の赤須賀漁業協同組合では昭和51年(1976年)から種苗生産に取り組み、現在では年間100~200万個を生産し毎年木曽三川の河口付近に放流を行っています。
漁獲制限
資源を守るために漁は週に3回とする出漁規制を行うとともに、1人1日あたりの漁獲量規制も行っています。三重県の漁業調整規則では、はまぐりは3cm以下の漁獲が禁止されていますが、赤須賀漁協では独自に4.5cm以下は獲らないことにしています。
人工干潟
平成5年(1993年)には桑名市城南沖に、平成6年(1994年)には長島町沖にそれぞれ20ヘクタールの人口干潟を造成し、はまぐりの生育環境の改善に取り組んでいます。当然この水域は漁業権が設定されていますので潮干狩りは行えません。漁業者以外の方が貝類を採取すると漁業法により罰せられます。
店舗
桑名市観光サイトの3店
桑名市観光サイトで、桑名を代表する名店として3店舗が紹介されています。
日の出
日の出は創業100年になる老舗料亭で東海道五十三次の海路拠点「七里の渡し跡」のすぐそばにあります。季節料理を提供する料亭でしたが、はまぐり料理に特化した店としました。名物はまぐり鍋は、はまぐりを出汁にくぐらせるしゃぶしゃぶです。漫画「美味しんぼ」に登場したことでも知られ、美食家が全国から足を運びます。
丁子屋
丁子屋は1843年(天保14年)に創業した桑名随一の老舗です。丁子屋の焼きはまぐりは、江戸時代に行われていた「松ぼっくり」を使った焼き方にこだわっているのが特徴です。江戸時代の食物書「本朝食艦」には「桑名の土地の人は蛤を炙るのに必ず松毬(まつかさ)の火を用いており、こうすると蛤が能く熟美になる」と記載されています。
食堂はまかぜ
桑名駅から車で約10分のところに、はまぐり漁を行う赤須賀漁港があり、その目の前に複合施設「はまぐりプラザ」があります。450年続く漁師町赤須賀の漁業に関する展示施設などがあり、その中に「食堂はまかぜ」があります。水揚げされたばかりのはまぐりを惜しみなく使ったランチは利益度外視ということもあって、開店と同時に満席になる人気店です。
蛤一択
桑名のはまぐりでも純粋な天然物と種苗生産された畜養ものが混在していますが、桑名産の天然はまぐりのみを扱うという徹底したこだわりと、メニューは「桑名産天然蛤フルコース会席」のみという潔よさで人気急上昇の予約困難店です。完全予約制ながら電話番号は非公開で予約はLINEからというハードルの高さにも関わらず、全国各地から多くの観光客が訪れています。
店舗
完全予約制で時間の5分前になったらインターホンで予約名を言って入店するシステムです。それまでは店先のベンチで待つことになります。
掘りごたつ式の個室が5室あります。料理はお店の方のフルサービスで提供されますので従業員は6名おられるそうです。本格的な厨房は2階にあるそうで、1階の厨房スペースはサブ的に活用されています。1階の厨房カウンターには多くの色紙や写真が並べられていました。テレビや雑誌の取材も多いようです。
料理
メニュー
メニューは天然はまぐりフルコース1種類のみという潔よさです。入室してメニューと器に盛られた大きなはまぐりを見ると期待度が一気に高まります。
しじみのお吸い物、はまぐりの刺身
まずはシジミのお吸い物から始まりますが、ひと口飲むとすごく濃厚でびっくりします。こんなに美味しいシジミのお吸い物があるんだと感動です。続いて出てきたのはハマグリの刺身です。上品で繊細な味わいです。お醤油はスポイトで用意されていて、かけ過ぎないようにとの心配りにはまぐり愛を感じます。
焼きはまぐり
陶板で焼いたはまぐりです。すだち、バター、柚子胡椒が調味料として提供されましたが、そのまま食べるのがお勧めとのことでした。確かにはまぐりそのものの味が口の中に広がり、余分な調味料を必要としない桑名はまぐりのうま味を堪能できます。
グラタン、磯部揚げ、しぐれ釜飯
メニューには記載がない貝殻に乗っかったかわいいグラタンが提供されました。はまぐりとグラタンはすごく合いますね、ダシも出るのでしょう、とてもおいしかったです。磯部揚げははまぐりを海苔で包んで揚げたものです。雪塩で頂きますが、これもそのまま食べても十分美味しいです。しぐれ釜飯は事前に作ったしぐれ煮をごはんと一緒に炊いたものです。人数分をその場で個別に炊いてくれて、余ったらお持ち帰りにもしてくれます。
しゃぶしゃぶ。はまぐり、葛切り、野菜
しゃぶしゃぶもお店の方が個室内でサーブしてくれます。はまぐりを頂いたあとは、葛切りとお野菜です。どちらもはまぐりのダシが効いてとてもおいしかったです。
雑炊、中華麺、アイス
しゃぶしゃぶのあとの〆は雑炊、きしめん、ラーメン、にゅうめん、からチョイスすることができます。いずれもはまぐりのダシがしっかり出ているのでとてもおいしくいただきました。食後のアイスはとても濃厚なバニラアイスクリームの黒蜜がけですが甘すぎず上品なお味でした。三重県大内山という酪農が盛んな村のバニラアイスクリームです。
美味しさの秘密
最初にお部屋に入ると店主が畳に手をついて丁寧なごあいさつを頂きました。その後お料理をサーブしている間にお話を伺いましたところ、お店は2018年にオープンしたのでまだ日は浅いとのことでした。開店のきっかけは店主の祖父がはまぐり漁師をしていた関係で、良質のはまぐりを入手できるルートがあったことだといいます。やはり素材が一番なんですね。それと店主のはまぐり料理に対するこだわりと、電話対応を避けて入店時間にもこだわるなど、お食事中のお客様に向き合う誠実さが人気を呼んでいるんだと思います。
まとめ
現在日本で流通しているはまぐりの90%が輸入されたシナはまぐりで、国内産の8%は茨城県や千葉県の外洋性の頂線はまぐり、内湾性の桑名産はまぐりはたったの2%しか流通していないといいます。同じはまぐりでも味や美しさは全く異なると思いますので、一度は桑名のはまぐりを食してみてはいかがでしょう。
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