若い頃には、欧米人が頻繁に「Thank You !」と言うのに憧れて、意識して「ありがとう」と口にすることを秘かに心掛けてきましたが、最近は日本人が飲食店やショップ、交通機関、職場などでも「ありがとう」と口にすることが増えてきているような気がします。とてもいいことだと思いますが、増えてきた理由について探ってみようと思います。
「ありがとう」とは
そもそも、「ありがとう」という言葉は、何か他人から与えられた時や何かをしてもらった時に「ありがとう」と言います。つまり、「他人と自分の関係性」のなかで使用されるのが基本です。ところが「ありがとう」が使われる場面で、特殊な状況もあるようです。例えば、「初日の出」を見たときに、なぜか日本人の心に浮かんでくる言葉が「ありがとう」です。あまりにも美しいものや自分を遥かに超えたものに出会った時に、その感激がそのまま「ありがとう」という言葉として出てきます。つまり運命や神仏に対して「有り難し」の思いが根幹にあるのかもしれません。四国お遍路の最後、八十八箇所目の香川県の大窪寺では、歩き切った人たちが互いに心の底から「ありがとう」「ありがとう」と言い合う光景が繰り広げられます。また、スポーツなどで皆が一体となって困難を乗り切った時に、「なぜこんなことができたのだろう、有り難し」という状況のなかで、人はお互いに「ありがとう」と言い、涙を流します。「有り難し」の心境は、限界状況を超越した際に、なにか神聖な存在に対する畏敬の念のようなものが現れるのかもしれません。
「ありがとう」の頻度
日本人が「ありがとう」を言っている頻度を調べてみると、一日平均14.1回で20代男性が最も多くて29.4回です。男女ともに年齢が上がるにつれて「ありがとう」を伝える頻度が減少する傾向にあります。特に男性は50代以上になると大幅に回数が減少し、60代男性になると最も少なくて、たったの3.5回になってしまいます。60代男性は20代男性の約10分の1しか「ありがとう」を言っていないことになります。60代の男性が生きてきた昭和の時代には「ありがとう」があまり言われてなかった、という長期的な統計データはありませんが、現在に目を向けるとサービス業や日常会話で「ありがとう」を積極的に使う場面が増えているのは間違いないようです。経済発展やサービス業の拡大により、感謝の言葉がビジネスマナーとしても重視されていることから、かつては「すみません」などの謝罪表現が感謝の意味で使われていましたが、現代では「ありがとう」と感謝の言葉をそのまま伝えるようになってきています。
「ありがとう」のメリット
「ありがとう」を言うことが、自分や相手の幸福度を高め、ストレスを低減する効果があるということが明らかになっています。具体的にはどういうことなのでしょう。①幸福度を高めるーー自分自身の幸福度を10点満点で採点してもらうと、1日に「ありがとう」を言う回数が多いほど、幸福度が高い結果が出ます。20回以上「ありがとう」を言う人の平均は6.8点で、全く言わない人の平均は4.4点ですので、約1.5倍の幸福を感じていることがわかりました。「ありがとう」という言葉には、自分自身を幸せにする力もあるようです。②ストレスを低減するーー1日に「ありがとう」を言う回数が多い人ほど、悲しいこと、腹が立つこと、失敗などがあっても精神的ダメージを引きずらないようです。1日に「ありがとう」を20回以上言う人の36.6%は、1日でストレスを忘れますが、全く言わない人の40.5%はストレスを1週間以上引きずります。「ありがとう」と言葉にすることでストレスを低減する効果があるようです。③人間関係を改善するーー「ありがとう」を伝えることで家族との関係や、職場の人間関係も良好になります。関係改善の実感がさらに感謝の言葉を積極的に使う動機となり、好循環がもたらされます。④社会の雰囲気が改善するーー「ありがとう」を言う人が増えると、自然と周囲も感謝の言葉を返すようになり、感謝の連鎖が生まれてきます。「ありがとう」を言うことが当たり前になり、社会全体に感謝の言葉が伝播していきます。
「ありがとう」が広がった社会的背景
特に現代において「ありがとう」ということが広がってきている気がします。その理由として、①災害の支援活動ーー2011年の東日本大震災などの大規模災害で、日本社会に「人とのつながり」や「感謝の気持ち」の大切さが再認識されました。被災地支援やボランティア活動を通じて、日常の小さな親切や助け合いに対して「ありがとう」と伝える機会が増え、全国的に感謝を表現する行為が日常化してきています。②啓発活動ーー学校教育では「ありがとう」を積極的に伝える道徳授業が行われ、企業研修においては「感謝の気持ちを言葉にする」ことが推奨されています。③メディア・SNSの影響ーーテレビ番組では「ありがとう」をテーマにした特集などもあり、感謝の言葉を積極的に使うことを後押ししています。SNSでは日常の小さな出来事に対しても「ありがとう」と投稿する文化が根付いており、感謝を伝えることが身近な行動となっています。
まとめ
「ありがとう」は素敵な言葉です。自分も相手も、周りの人もみんな幸せにする魔法の言葉です。年配者のほうが「ありがとう」を使う頻度が少ないことには驚きました。若者はSNSなどを通じて、「ありがとう」と言うことが身近な行動となっているのかもしれません。「ありがとう」が広く社会に行き渡って欲しいと思います。