数多くの有名温泉地を有する九州ですが、温泉のイメージが薄い福岡でも魅力的な温泉地はあります。たとえば「二日市温泉」は万葉集にも詠まれた歴史ある名湯で、博多からのアクセスが良いのが魅力です。もうひとつは「原鶴温泉」で、博多から久留米を経由して由布院・別府へと向かう途中の筑後川沿いの平野部にあり、自然と景色、小旅行の気分が味わえるのが魅力です。今回は博多から電車で1時間の「原鶴温泉」を訪れてみました。
原鶴温泉の由来と歴史

原鶴温泉は1881年(明治14年)に筑後川の川中から湧き出る湯が発見され、徐々に旅館や共同浴場が筑後川の河畔に整備された温泉地です。明治から大正にかけては湯治の場として栄え、戦後は「博多の奥座敷」として団体旅行や社員旅行の人気を博し、一気に賑わいました。博多や久留米など都市部からのアクセスの良さに加え、筑後川の鵜飼や周辺のフルーツ狩り、歴史地区の観光巡りと組み合わせた一泊二日の定番コースが定着していたようです。最盛期には中洲や久留米、さらには佐賀方面からも芸者を呼び、大広間での宴席が夜遅くまで続いたという証言が、数多の回想記事や観光資料で語られています。かつての原鶴温泉の夜は三味線と唄、酒席のざわめきで満ちていました。

最近になると全国の温泉街と同様に、団体旅行の減少や観光の多様化などにより、かつてほどの賑わいは見られません。施設の老朽化が進み廃業する旅館もありますが、存続する旅館は施設をリニューアルし、露天風呂付き客室に改造するなど、現代的なニーズを汲み取っています。筑後川の鵜飼や花火大会、果物狩りなど、周辺の自然や季節行事と組み合わせた「静かな大人の旅先」として再生されています。
原鶴温泉のお湯は、とろみがあり、肌がつるつるになる「W美肌の湯」の泉質です。「アルカリ性単純泉」は古い角質を落とし、「単純硫黄泉」の硫黄成分は角質層のメラニンを落とすので、「角質ケア」と「色合いを整える」二重の美肌効果が期待できます。
老舗旅館・泰泉閣の魅力
原鶴温泉は、JR九州の久大本線の特急停車駅、筑後吉井駅からタクシーで10分程度のところにあります。いくつかの旅館が肩を寄せ合うように集積している温泉街です。筑後川の中州に立地していますので、目の前は筑後川の悠々とした流れが広がり、田園の風景と遠くの山の連なりが、日常の喧騒を忘れさせてくれます。

泰泉閣は1949年創業の老舗で、1992年(平成4年)には当時の天皇皇后両陛下がご宿泊されています。玄関前には記念碑と枝垂れ桜の記念樹が今も残ります。大きな浴場と多彩な風呂、美味しい会席料理が評判の老舗旅館として、現在も根強い人気を保っています。

建物自体はかなり古いようですが、客室やロビー、浴場、食堂などはきれいにリニューアルされているので、気持ちよく過ごせます。

泰泉閣の名物は、緑に囲まれた温室のような「ジャングル風呂」と、河童の置物がかわいい「広い露天風呂」で、日替わりで男女交代制で利用します。泉質の異なる弱アルカリ性単純泉と硫黄泉の二種類の源泉が引かれており、泉質の違いを楽しめる造りになっています。また、各々にサウナ室があるのですが、サウナの設定温度は少々低めです。


夕食は山・川・海の幸がバランスよく盛り込まれた会席料理で、玄界灘の魚介、筑後川の鮎、豊後和牛など九州各地の食材を組み合わせた献立です。大箱の旅館の会席料理ですと、冷めていたり、味が今一つのことも多いのですが、泰泉閣の料理はどれも美味しくて満足です。各人の手元に用意された本日のお品書きには、料理長のお名前もしっかりと明記されていて、料理に対する自信と誠実さを感じます。配膳の係りは、ネパールの方々が担当されていましたが、皆さん明るくて丁寧で、しかも日本語がとてもお上手です。日本に来てから勉強したとのことですが、数か月であれだけ喋れるのはすごいことだと感心しました。

朝食はバイキングスタイルです。好きなものをチョイスしても、想像と違う味付けで残念なこともありますが、泰泉閣の場合はどれも美味しくて、残してしまうことはありません。料理の評判は良かったので期待していましたが、想像以上に美味しいお食事でした。

フロントにも外国人スタッフがいます。流暢な日本語で笑顔も素敵です。ネパール人の彼は、長く務めているのでしょう、彼の存在が同じくネパール人の配膳係りの女性たちの助けになっているのだと思います。地方温泉地の人手不足を補う多国籍チームによる接客は、温かいホスピタリティのみならず、仕事のレベルも保たれた、とても興味深い事例だと思います。
料理長の名前が記された献立、笑顔で応対するネパール人スタッフ、そして出立の朝に車が見えなくなるまで見送る女将の姿は、原鶴温泉が今もなお「人の手によるおもてなし」の温かさを大切にしていることの証だと思います。かつての大宴会と芸者の賑わいから、静かな個人の小旅行へ。原鶴温泉と泰泉閣は、時代とともにかたちを変えながら、川と湯と人の温度をしっかりと受け継いでいるようです。
