人形町で営業中の看板建築と、江戸東京たてもの園で保存する看板建築

丸二商店2階外壁 歴史建築

看板建築とは、関東大震災後に数多く作られた建物で、ファサードそのものが「看板」になっている洋風の外観を持つ店舗併用住宅のことを言います。震災前の出桁造り蔵造りが、地震で倒壊したり火災により焼失したため、防火性能向上のため銅板タイルモルタルで外壁を覆いました。また、軒を出さずに壁面は垂直に立ち上げることにより、道路拡張などの区画整理にも寄与するスタイルが採用されました。ファサードが立て板状でシンプルなことから、建築に関する専門知識や細部の納まりの煩雑さがないため自由度の高い個性的なデザインが数多く輩出されました。

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人形町の看板建築

高柳豆腐店

高柳豆腐店 外観
高柳豆腐店

銅板葺きの看板建築の高柳豆腐店の外観です。銅板葺きの特徴として緑青(ろくしょう)が表面に付着しますが、これは鉄の赤錆とは異なる性質です。錆とは異なり、内部に侵食せずに表面をコーティングしますので、まるで塗装をしたかのように内部の建材を保護します。高柳豆腐店は昭和2年(1930年)創業で、現在も営業を継続しています。店先では豆腐や湯葉、豆乳などを販売していました。

高柳豆腐店 外観 亀甲葺き
亀甲葺き

2階と3階部分のクローズアップです。3階部分は水平に規則正しい一文字葺きですが、2階部分は六角形を並べた亀甲葺きになっています。戸袋となるこの部分には亀甲葺きとすることが多いようです。

レストラン 伊勢利

伊勢利 外観
伊勢利 外観

フレンチレストランの伊勢利さんです。外装1階部分は改修されていて、店舗内部も1、2階とも和モダンに改修されていますが、外装2階部分は建設当時の看板建築の面影を残しています。このレストランでは、東京會館で修業されたシェフのお料理と、ソムリエが選ぶワインを楽しめます。

伊勢利 2階銅板葺き
伊勢利 2階銅板葺き

壁面の銅板は一文字葺きですが、パラペット(屋根部分の立ち上がり壁)天端(上端)の波打つ造形や、縦に取り付けた押さえ板など、意匠にこだわっています。窓枠上の水平の小庇(蛇腹、コーニス)の上部に、円弧を描く線が残っていますが、ここには別の庇か何かが取り付けてあったのでしょう。

住宅

現在住宅の銅板葺き 

今は住宅として利用されている建物です。1階部分は改修されいますが2階部分の緑青の様子は年季が入っています。二方向の道路に面していますので、広い面積が銅板葺きとなっています。

現在住宅の銅板葺き 

間口が広い方の屋根に破風のようなものが取り付けられています。建設当時はおそらくこちらを正面として商売を行っていたのでしょう。間口が広いので、堂々とした店構えだったと思われます。

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江戸東京たてもの園の看板建築

丸二商店

丸二商店 銅板葺き たてもの園

昭和初期に建てられた銅板で覆われた看板建築で、荒物屋(日用生活用具販売)が営まれていました。2階部分の外壁面は網代葺きと呼ばれる葺き方で、屋根部を隠す独特の形状のパラペット部分は、一文字葺きとなっています。垂直な壁面が特徴の看板建築ですが、1、2階の境にある水平の意匠材(胴蛇腹、コーニス)や2階軒の部分にある水平の意匠材(軒蛇腹、コーニス)などは、かつての出桁造りの深い軒を偲んで造られたのかもしれません。

丸二商店 銅板葺き 細かい細工 たてもの園

1階の胴蛇腹部分の拡大写真です。2階は網代葺き、ガラス欄間の上は青海波(せいがいは)という文様です。隅柱部分には亀甲」「杉綾目などの江戸小紋のパターンが表現されています。

植村商店

植村商店 銅板葺き たてもの園

昭和2年に建築されたこの建物は、時計貴金属を取り扱う商売の拠点とされていたそうです。ファサード全体が銅板で覆われていますが、特にパラペットアーチの装飾は非常に凝っています。最上階、屋根裏部屋のマンサード(腰折れ屋根)も、特徴的な外観を形成しています。1階と2階のにはデンティル(コーニスの装飾に使う歯状の突起)の意匠、2階の窓には刎高欄(はねこうらん、手摺)があるなど、随所に手の込んだデザインが施されています。

武居三省堂と花市生花店

武居三省堂と花市生花店 銅板葺き たてもの園

左の武居三省堂は筆や墨、硯などの文具を扱う商店で、昭和2年に建設されました。外装はタイル張りで隅柱や戸袋廻り、庇は銅板貼り、パラペットはマンサード(腰折れ屋根)風なデザインになっています。

右の花市生花店は、1階柱廻りはタイル張り、2階、3階は銅板葺きで3階壁面はモルタル仕上げと変化に富んだ外装になっています。

花市生花店 銅板葺き 細かい意匠

花市生花店の2階部分のクローズアップです。2階腰部分の銅板部分には、四季の花が描かれています。2階と3階の間にある銅板のコーニスにも生花店をイメージできる彫刻が施されています。

花市生花店 銅板葺き 細かい意匠

3階窓の両脇の円形の装飾軒下デンティル(コーニスの装飾に使う歯状の突起)銅板の装飾など西洋風な装飾が精緻に施されており、デザインへの強いこだわりが見て取れます。

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まとめ

1923年(大正12年)に発生した関東大地震は、それまでの伝統的な出桁造りの商家を焼き払うとともに、防火の性能を期待されていた蔵造りの建物も地震による倒壊土壁崩落などにより類焼してしまいました。代わって建てられた看板建築は、木造の構造にファサードだけは銅板やタイル、モルタルで防火性能を維持しつつ、自由デザインで商売を競い都市東京を華やかに彩りました。人形町空襲を免れたため、今もなお多くの看板建築残っています。ご興味があれば街角散歩に出かけてみてはいかがでしょう。

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