道後温泉は、有馬温泉、南紀白浜温泉とともに日本三古湯のひとつと言われ、その名は「万葉集」にも見られます。「道後温泉本館」は、温泉施設として重要文化財に登録されている数少ない建造物のひとつで、2019年(平成31年)から6年におよぶ保存修理工事が完了しましたので、「道後温泉本館」を訪ねてみることにしました。
道後温泉本館
道後温泉本館は、1894年(明治27年)の神の湯本館(北側)、1899年(明治32年)の又新殿(ゆうしんでん)・霊(たま)の湯棟(東側)、1924年(大正13年)の南棟(南側)、同年の玄関棟(西側)の4棟で構成されていて、相互に接続された複雑な建物です。1994年(平成6年)に国の重要文化財に指定されましたが、大規模な保存修理工事が必要となり、2019年(平成31年)から2024年(令和6年)の6年をかけて施工されました。素屋根を架けて屋根を葺き替え、構造を補強し、損傷部分は文化財修理の要領で傷んだ部分のみを補修してゆく手間のかかる仕事です。
外観
西側の「玄関棟」は入母屋破風や唐破風が重なる重厚な印象です。保存修理工事で緑青が生じていた屋根は葺きかえられ、きれいな銅板色に輝きます。周囲を囲む鉄柵の上には白鷺がとまっていますが、これも型を取って再生し、欠損したものだけを交換しました。


北面の「神の湯本館」の屋上にある振鷺閣(しんろかく)は、今も刻を知らせる時太鼓が置かれる櫓です。その屋根には白鷺があり、かつては建物入口のあった北の方角を向いています。

東側の「又新殿(ゆうしんでん)」・「霊(たま)の湯棟」は皇室専用の御湯殿として建設されました。現在の入口の反対側となりますので、ひと気もなく静かにたたずんでいます。1950年(昭和25年)には昭和天皇が行幸されました。現在は浴室としては使われておらず、一般見学者の見学を受け入れています。


保存修理工事前の外観
令和に行われた保存修理工事前の姿の外観写真が、松山市のHPにありましたので転載します。重要文化財の保存修理工事として、以前の姿を忠実に再現していることが分ります。







館内
入場料金のシステムは少々複雑な感じがしますが、結論から言うと「霊の湯二階席」の一択だと思います。道後温泉本館には「神の湯」と「霊の湯」のふたつの浴室があって、その両方に入れて、浴衣・タオル・お茶菓子・又新殿の見学が付いて2,000円です。ひとつのお風呂(神の湯)だけで700円、それに浴衣・お茶菓子を付けて1,300円ですので、皇室のお風呂の見学代と貸しタオル料金を考えると2,000円はリーズナブルです。そして何よりもふたつの浴室(+霊の湯)に入れるので、空いてるお風呂でゆっくりすることが出来ます。
館内図
ふたつのお風呂の場所は男女ともに1階です。2階は神の湯用と霊の湯用のふたつの休憩室と、資料展示室があります。3階は個室利用の方の休憩室です。

重要文化財の建物ですので、旧来のままの姿に戻すのかと思いましたが「ライトで投影するサイン」が新設されています。ここだけモダンな感じがしますが、建築物自体に手を加えていないので許可されたのでしょう。たしかに複雑な建物ですので、何らかのサインは必要だと思います。

温泉
道後温泉全体としては、18本の源泉を分湯場でブレンドして使用しています。源泉温度は20℃から55℃までバラツキがありますので、源泉と源泉をブレンドして42度程度の適温にし、加温や加水は一切行っていません。分湯場からは「道後温泉本館」はもとより、姉妹施設の「椿の湯」「飛鳥乃湯」ならびに周辺のホテル・旅館へ配湯しています。
泉質はアルカリ性(ph9.0)単純泉で、しかも軟水でお湯が柔らかいため肌によく馴染み、湯治や美容に適しているとされます。聖徳太子から夏目漱石、正岡子規など多くの文人墨客が訪れる、万人に愛される温泉と言ってもよいでしょう。
神の湯
「神の湯」は1階にあり、入浴者全員が利用する浴室ですので、広々とした造りになっています。天井も高く開放的ですが、入湯者数も多く少々混雑している感じです。神の湯浴室の床面には「道後温泉1号源泉跡」として、その位置が示されており「ここが道後温泉発祥なのだ」と、ちょっとした感動を覚えます。




展示室にあった古い写真を見ると、温泉の吐出口の形状は昔のそれと同じです。ここの浴槽は深くて中腰で入るのですが、その形状も昔から変わらないようです。

霊(たま)の湯
「霊の湯」は一度2階に上がり、2階の「霊の湯休憩室」の脇の専用階段を1階に降りる所にあります。「神の湯」よりは狭いですが、十分に広い浴室です。皇室専用浴室(又新殿)が運用されていた時代には、「霊の湯」は陛下随行員の浴室として使用されていたそうです。霊の湯の浴室の壁腰は御影石、上部壁面は大理石が使われており、豪華な造りとなっています。




霊の湯休憩室は2階の奥まったところにあり、落ち着いた雰囲気です。お茶とお茶菓子のサービスがあって、とても丁寧に応対してくれます。最初に席に案内されますので、大きな荷物、上着などは席の行李に入れ、行李に用意されている浴衣とタオル、貴重品をもって脱衣所に向かいます。利用時間は60分とされていますが、さほど厳密に管理はされていないようです。



皇室専用
入浴と休憩を終えて、帰る前には皇室専用の浴室「又新殿(ゆうしんでん)」を見学します。皇室専用の東側入り口(今は使用されていない)を入った位置に、天皇陛下だけが使える「玉座の間」(一番奥)があり、その手前に「御居間」があります。

「御居間」から階段を降りると「御湯殿」がありますが、その手前には着替えと休憩をする「洞(ほら)の間」があり、坪庭にも面しています。「御湯殿」には、実際に浴槽を使用した痕跡として、浴槽中ほどに湯面線を示す跡が残っています。


展示室に面白いものが展示されていました。関係者が自ら企画して作ったのでしょう「陛下ご来浴時の警護関係者記念徽章」です。街中の盛り上がり、というか感動が今に伝わるようです。1950年(昭和25年)に陛下御入浴ののち、1952年(昭和27年)に常陸宮殿下が御入浴されたのを最後に、皇室のご利用はありません。

飛鳥乃湯
道後温泉「飛鳥乃湯」は、「道後温泉本館」の保存修理工事が始まるのに先立ち、2017年(平成27年)にRC造2階建で建設されました。開放的な大浴場と露天風呂、60畳の大広間休憩室を持つ近代的な施設です。温泉自体は分湯場から配湯されているので「道後温泉本館」のそれと同じです。コンセプトは愛媛の伝統工芸と最先端のアートのコラボレーションで、古代の入浴法(湯帳を着用して入浴)を再現するなど、新たな温泉文化も発信しています。




椿の湯
道後温泉「椿の湯」は、1953年(昭和28年)に建設され、1984年(昭和59年)に改築、2017年(平成29年)にリニューアルオープンしました。分湯場から配湯される温泉は「道後温泉本館」と同じで、無加温・無加水の源泉かけ流しです。地元の方々が入浴するのを前提として、市民優待だと230円の入浴料ですが、シャンプーやせっけんの備え付けはありません。ロッカーの利用料は格安の10円です。もちろん観光客も利用することができ、入浴料450円、石けん60円、シャンプー50円となっています。

浴室内の造りは「道後温泉本館」の「神の湯」に近い印象です。「道後温泉本館」の湯舟は深いのですが、こちらの湯舟は通常の深さで、入浴しやすいと感じます。「道後温泉本館」は重要文化財ですので、湯舟の深さを変更できませんが、「椿の湯」では利用の便を図ったのでしょう。

周辺施設
つるちゃんうどん
「道後温泉本館」は商店街を通り抜けた先にあって、「飛鳥乃湯」と「椿の湯」はその途中に向い合せで建っています。その目の前に「つるちゃんうどん」がありましたので立ち寄ってみました。四国のうどん店では「おでん」が置いてあるようで、ここでもセルフサービスでおでん鍋から好きな種を取って、のちほど本数を自己申告するスタイルです。大根と厚揚げで取り敢えず一杯飲んで、それから「ごぼう天うどん」を注文しました。





道後温泉駅前
松山市内には路面電車が環状に走り、そこから道後温泉駅に向けて支線が出ています。道後温泉駅の駅舎は、「明治の旧駅舎」を再現したレトロな洋館の造りで、スターバックスがテナント入居しています。



その他
道後温泉駅前には、かつての「放生池」を埋め立て作られた広場「放生園」があります。道後商店街の入口でもあり、1954年(昭和29年)まで道後温泉本館で使用していた源泉からの「足湯」や「坊っちゃんカラクリ時計」などがある人気のスポットです。また、これらの脇には「俳句ポスト」があり、観光俳句を募集しています。これは1968年(昭和43年)に始まった秀句選考の企画で、今では市内80カ所にポストが設置され、年4回選句されているそうです。



まとめ
全国に5つある重要文化財の温泉施設のひとつである「道後温泉本館」は、令和の保存修理工事を終えて、歴史的建造物でありながら、清潔感のある施設として蘇っていました。観光施設としての魅力的は十分ですが、純粋に温泉を楽しむのであれば「椿の湯」や周辺旅館の内湯の方がゆっくりできるかもしれません。松山の道後温泉は、路面電車や俳句ポスト、それに松山城もありますので、歴史や文化を感じる温泉旅には最適かもしれません。
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松山城に関する別の記事があります。ご興味のある方はお立ち寄りください。
