ニューヨークは、ジョージ・ワシントンが大統領就任宣誓をしたところですが、その後、首都はワシントンD.C.に移ります。今回は、首都ワシントンD.C.まで足を伸ばしてみましょう。
首都移転の経緯
ウォール・ストリートのニューヨーク証券取引所斜め向かいのにフェデラル・ホールがあります。 アメリカ合衆国議会の旧議事堂跡地に建つ記念館です。 この地は初代合衆国大統領、ジョージ・ワシントンが大統領就任式で宣誓をしたところです。ところが、首都をどこに置くかについては建国当初から激しい南北の対立があって、ようやく1790年に「臨時首都をフィラデルフィアに置き、10年かけて新しい首都を地理的な中立性があるポトマック川沿いに建設する」と決まりました。ワシントンD.C.は1791年から建設が始まり、8年かけて完成した世界でも稀な計画されて造られた都市です 。1800年に連邦議会が初めてワシントンD.C.で開催され、正式な首都となりました。

ワシントンD.C.の都市計画
ワシントンD.C.の都市計画はフランス人建築家ランファンの計画に基づいています 。「アメリカのパリ」をコンセプトに、広々とした斜め通りと円形広場を組み合わせ、バロック様式の壮麗な街並みと、建物高さを制限した低層で広々とした景観が造られています。政治のシンボルとしてのホワイトハウス、議会議事堂、ペンタゴン、FBI本部などが整然と建ち並び、世界政治の中心であることが実感されます。また、この街の最大の魅力は、スミソニアン協会傘下の世界最大級の19の博物館群・美術館群です。英国人科学者ジェームズ・スミソンが遺贈した財産を起源とし、入場料は全て無料で、今もなお多額の寄付が集まり、施設の運営と拡張が継続しています。

「D.C.」の由来
「D.C.」は「District of Columbia(コロンビア特別区)」の略です。コロンビアはアメリカ大陸を発見したコロンブスにちなむ、当時のアメリカを詩的に表す名称とされます。 1801年に連邦議会はこの地域をどの州にも属さない連邦議会直轄地として「コロンビア特別区」としました 。州に属さないため「District」が付くのですが、州ではないために連邦議会に投票権のある議員を送ることが出来ません。住民は連邦税を納税しているのですが、民主的な参政権が制限されてしまっています。

高い黒人比率
アメリカ全体の黒人比率は平均で約20%ですが、ワシントンD.C.の黒人比率は約50%と、全米で最も高い比率となっています。黒人比率の高さ、経済格差、犯罪率などから、ワシントンD.C.は「富と貧困、安全と危険が隣り合わせに存在する格差都市」とも言われます。北西地区は富裕層が住む高級住宅街ですが、南東地区のアナコスティアでは黒人比率は92%に達し、失業率が17.2%と極度の貧困と犯罪の発生が深刻な地域となっています。
一方、アナコスティア地区では、貧困や差別の歴史を乗り越えて、地域への誇りや再生への意志を表現する豊かなストリートアートなども芽生えています。
