フランク・ロイド・ライトは91歳10ヶ月の生涯で400棟を超える建築を遺していますが、そのうち4棟が日本に現存しています。なかでもヨドコウ迎賓館は建設当初の姿をほぼ完全に残すものとして非常に貴重な存在です。その魅力を写真とともにご紹介いたしましょう。
ヨドコウ迎賓館の歴史
櫻正宗の銘柄で知られる灘の酒造家八代目山邑(やまむら)太左衛門の別邸(旧山邑家住宅)として、1918年(大正7年)にライトが設計しました。ライトは1922年(大正11年)建設中であった旧帝国ホテルが予算超過となったことから解任されて帰国しましたが、弟子の遠藤新が実施設計と工事監理を行い1924年(大正13年)に竣工しました。その後所有者が変わり、一時はマンションへの建て替えも検討されましたが保存することが決定され、1989年(平成元年)から一般公開されています。
1918年 | 大正7年 | フランク・ロイド・ライトが「旧山邑家住宅」の設計完了 |
1922年 | 大正11年 | フランク・ロイド・ライト米国へ帰国 |
1923年 | 大正12年 | (関東大震災) |
1924年 | 大正13年 | 「旧山邑家住宅」竣工 |
1935年 | 昭和10年 | 山邑家が建物を売却 |
1947年 | 昭和22年 | ㈱淀川製鋼所が所有 |
1971年 | 昭和46年 | マンション建替計画が浮上し、保存運動が展開される |
1974年 | 昭和49年 | マンション計画が撤回され、重要文化財に認定される「ヨドコウ迎賓館」 |
1985年 | 昭和60年 | 保存修理工事(3年、2.4億円) |
1989年 | 平成元年 | 一般公開開始 |
1995年 | 平成7年 | 阪神大震災。保存修理災害復旧工事(3年、5.4億円) |
建築計画
阪急芦屋川駅から北に10分程度歩いたところにヨドコウ迎賓館はあります。六甲山系の南斜面の傾斜地に建ち、駅からも森の中にその姿を見ることができます。
建築概要
敷地は南北に細長く緩やかな南傾斜になっており、建物はその山肌に沿って階段状に建てられています。敷地面積5,200㎡、建築面積359㎡、地上4階、鉄筋コンクリート造。
段々畑のように整地され自然の中に溶け込むように建物が段違いに建てられています。4階建てですが居室が2階以上に階が重なるところがなく、それぞれの部屋で視点の位置が異なり違った景観を見ることができます。
1階は車寄せと玄関です。2階は応接室と倉庫兼設備機械室。3階が居室で3室続きの和室と書斎、寝室などがあります。4階が食堂と厨房。2階の屋根と3階の屋根がバルコニーになります。
アプローチ、車寄せ、玄関
ライト坂と呼ばれる急な坂を上って門に入り、左に大きく曲がった長いアプローチを経て、最南端の車寄せに到着します。車寄せ上部は応接室で嵌め殺しの大窓が印象的です。幾何学模様に彫刻された大谷石の豊かな装飾はライトのデザインの特徴のひとつです。
大谷石が敷き詰められた車寄せは狭く、玄関の扉も大人一人が通るほどの幅しかありません。車寄せ手前には大谷石で作られた大きな花台も設けられています。
応接室
2階の応接室は左右対称に造られ、彫刻が施された大谷石、複雑なマホガニーの木組み、葉をイメージした飾り銅板で装飾されています。暖炉は大きな大谷石でシンプルに造られています。
嵌め殺しの大窓から見る景色は一枚の絵のようです。折り上げ天井になっている部分にある連続した高窓は、通風と採光のために設けられています。
和室
3階には3室続きの和室があり、8畳と10畳の2室には床の間が設けられています。欄間に付けられた飾り金物が目をひきます。
8畳室の書院風床の間です。木組みのデザイン、高窓、飾り金物など全館にわたって統一されたデザインが用いられています。
階段、広間
階段によるアプローチの絶妙さもライトの建築の魅力のひとつです。2階から3階の和室へのアプローチは二手に分かれ、ひとつは広間と呼ばれる団欒スペースへ続き、もう一つは3室続きの和室の真ん中の6畳間へ続きます。
広間と呼ばれる団欒スペースの天井は低いのですが、階段上部の空間と一体となっていることと、窓からの豊富な採光により狭さを感じることはありません。和室6畳の入り口には大谷石の階段があり入室への高揚感が演出されています。
書斎、家族寝室
平面図には家族寝室と表記されていますが、現在はデスクが置かれ書斎風に演出されています。隣の婦人室とはカウンター窓でつながっていますが床面の高さが異なっていて、書斎のご主人が立って、婦人室の奥様が座して向かい合うと、ちょうど目が合う高さになっています。
食堂
4階は食堂と厨房です。食堂は儀式の空間であるという欧米思想により教会内部のような雰囲気を醸し出しています。天井は四角錘で中央部が最も高くなる船底型です。複雑な木組みの装飾が独創的で特に印象深い空間だと感じます。
食堂の暖炉は繊細にデザインされていて細かい納まりにもこだわりが感じられます。天井小窓は三角に仕上げられ、マホガニーの木組み装飾と相まって高貴な印象に溢れます。
バルコニー
4階バルコニーから食堂を見た写真です。庇上部の装飾や伸びあがる暖炉の煙突が周囲の木々と調和しています。
4階バルコニーからは芦屋市街や大阪湾を望むことができます。4階バルコニーから3階バルコニーに向かう通路には、2階応接室暖炉の煙突の脇に装飾性豊かな庇が設けられています。
まとめ
フランク・ロイド・ライトが手掛けた建物で日本に現存するのはわずかに4棟です。なかでもライトが設計した当時の姿を全館にわたってほぼ完全な形で今に伝えるヨドコウ迎賓館は貴重な存在です。大阪と神戸のほぼ中間に位置し、最寄りの阪急芦屋川駅からは徒歩10分の便利さです。しかも入館料は500円と格安です。皆さん一度訪れてみてはいかがでしょう。開館日は水曜日と土日祝ですのでご注意ください。
フランク・ロイド・ライトに関する別記事があります。ご興味のある方はお立ち寄りください。