旅・福岡|博多旧市街~東長寺・聖福寺・博多百年蔵を歩く

聖福寺山門 旅と街歩き
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福岡で宿泊した際のホテルが「祇園」だったので、翌朝「博多旧市街」を散策してみました。祇園は博多駅と天神の中間あたりにあり、地下鉄祇園駅の交差点近くに「東長寺」があり、その少し先に「聖福寺」があります。

博多旧市街散策マップ
博多旧市街 散策マップ

東長寺

東長寺は、弘法大師空海が唐での修行を終え帰国する途上、806年に博多に立ち寄り創建した日本最古の空海由来の寺とされます。東長寺の名は教えが東に長く伝わるようにと命名されました。境内には本堂・山門・六角堂・五重塔・大仏・黒田家墓所など多くの施設があり観光客も多く訪れるようです。

東長寺外観
東長寺山門 奥の屋根が六角堂

福岡藩主黒田家の墓所でもあり、二代藩主黒田忠之、三代藩主光之、八代藩主治高の墓があります。黒田忠之の墓の前には殉死した家臣・5基の五輪塔の墓碑が並びます。なお、黒田藩・藩祖黒田孝高、初代藩主長政など黒田家の菩提寺は崇福寺となります。

黒田忠之の墓
黒田忠之の墓 殉死した家臣5基の五輪塔

「福岡大仏」と呼ばれる釈迦如来坐は高さ10.8mで、後ろの光背を含めると高さは約16mとなり、日本最大級の大きさの木造坐像です。福岡大仏の台座内にある「地獄・極楽巡り」では地獄の様子が絵画と音声で説明され、その後暗闇の中を進み極楽世界にたどり着くという仕掛けもあり、長野善光寺のそれと少し似ています。

福岡大仏
福岡大仏・日本最大級の木造坐像
東長寺境内
東長寺境内、本堂・五重塔・大師堂

聖福寺(しょうふくじ)

聖福寺は1195年に鎌倉幕府を開いた源頼朝公よりこの地を賜り、臨済宗開祖の栄西禅師により創建された日本最初の禅寺です。当初は八町四方(約900m四方)の広さを誇ったといいます。現在はかなり縮小されていますが、それでも繁華街の喧騒の中に、緑多く静寂な空気が流れます。

聖福寺境内案内図
聖福寺境内案内図

仏殿は1589年に再建され、2012年に改修されたものです。阿弥陀如来(過去仏)、釈迦如来(現世仏)、弥勒如来(未来仏)の3世仏が新たに造立され安置されています。3世仏の指から「善の綱」が伸びていて、外の回向柱(えこうばしら)につながれています。回向柱を触ることで仏様との結縁が生まれ、功徳の恩恵に浴することができるとされています。

聖福寺 仏殿
仏殿とその前に建つ回向柱

石組みでデザインされた仏殿脇の「日月庭」。禅寺らしい簡素ででありながら、思索に富むデザインがおもしろい作庭です。

日月庭 石組みの作庭
日月庭

敷地境界の土塀は「博多塀」です。豊臣秀吉の時代に、戦火で焼け残った瓦礫などを再利用して作られたのが始まりとされています。今でも博多旧市街にいくつか残りますが、その無骨さとシンプルなデザインが禅寺に良く似合っています。

博多塀
聖福寺の博多塀

博多百年蔵

博多百年蔵は、石蔵酒造の現役の酒蔵で1870年(明治3年)に建てられたものです。石蔵酒造は播州播磨(現在の姫路)黒田家の御用商人であった「石蔵屋」をルーツとしますが、関ヶ原の戦いの功績により、黒田官兵衛・長政親子が筑前福岡藩主の命を受けた際、石蔵屋も黒田家に従い播州播磨から博多に移り、博多商人として生きる道を選びます。

博多百年蔵外観
博多百年蔵外観

博多百年蔵の白壁土蔵にレンガ煙突の佇まいは、登録有形文化財としての歴史の深さを感じさせますが、内装は和モダンに改修されていて、レストランのほか披露宴やコンサート等も開かれる空間となっています。直売所もあって、無料試飲もできます。メダルを3枚もらって小さなカップで3種類のお酒を楽しむことができます。

博多百年蔵 エントランスホール
博多百年蔵エントランス内観
博多百年蔵 中庭
博多百年蔵の中庭空間

まとめ

聖福寺が臨済宗開祖栄西が初めて創建した日本最古の禅寺であることに驚きました。また、東長寺の5人の殉死した家臣たち、百年蔵の石蔵屋が黒田藩主に帯同して播州播磨から博多に移り住むなど、黒田藩主に対する家臣・領民の忠義の深さは潔く、主従の関係の美しさを垣間見た気がします。