神奈川県立音楽堂は、今も「東洋一の響き」の「前川國男」の傑作

神奈川県立音楽堂ホール内観 歴史建築

神奈川県立音楽堂は、ル・コルビジェに師事した前川國男の作品として有名ですが、開館当時は「東洋一の響き」として絶賛されました。ホール部分は音響設計に基づき、すべての面が木材で構成された「木のホール」です。2024年に開館70周年を迎えるにあたって「音楽堂建築見学会」が開催されることとなり、建築の見学と専門家による音響レクチャー座談会ミニコンサートによる響きの実体験ができるというので出かけてきました。

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神奈川県立音楽堂とは

神奈川県立音楽堂は、戦後間もない1954年(昭和29年)に日本初の本格的公立音楽ホールとして建設されました。戦後の荒廃期であったため、隣接して建設された図書館計画に便乗して、音楽ホールではなく市民ホールの公会堂と偽装しての建設だったそうです。

配置計画

図書館棟音楽堂の建物配置を微妙にズラすことによって、皆が集う「広場」や静かな「庭」を作り出しています。ふたつの建物は渡り廊下でつながっており、渡り廊下部分は竣工当時は「食堂」として利用されていました。

神奈川県立音楽堂 模型 

音楽堂外観

南側広場に面して広く正面が取られています。2階まで続くガラス面がと、リズミカルな丸柱が印象的です。正面入口の風除室のドア枠は鮮やかな黄色にペイントされており、色彩にこだわる前川國男の特徴のひとつとなっています。3階バルコニーの手摺壁は、ホローブロック(穴あきブロック)が用いられ、大庇の構えに軽やかな印象を与えています。ホローブロックは隣の図書館棟の外壁から連続しており、2棟の一体感を醸し出しています。

神奈川県立音楽堂 正面ファサード

音楽堂3階バルコニーから見たホローブロックの手摺壁です。縦の目地が一段ごとにずれる「馬乗り」で積まれています。下右の写真は施工状況ですが、2段ごとに横筋を通していることが見て取れます。

図書館棟

音楽堂の南西側に、渡り廊下で接続されている図書館棟です。外装はホローブロック(穴あきブロック)のダブルスキンが採用され、落ち着いた印象です。

神奈川県立音楽堂隣の図書館棟

ホローブロックは陶器製(信楽焼)で、内側には白い釉薬が塗られています。ブロックの奥行と開口の大きさは建設地の横浜の日差し角度から割り出された寸法で製作されており、直射日光を遮りつつ釉薬がを拡散し、柔らかなを室内に取り込みます。

図書館棟内部

なお、神奈川県立図書館は、2022年(令和4年)隣接地に新本館が建設され、図書館機能はすでに移転されています。旧図書館棟は2025年(令和7年)から改修工事を行い、2026年(令和8年)から前川國男館としてリニューアルオープンする予定です。

県立図書館再整備HP

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音楽堂施設

エントランス、ホワイエ

鮮やかな黄色のエントランスを入ると、壁は赤色緑色に塗られています。廊下や階段の床、そして客席の座面は青色です。これらはすべて前川國男が決めたもので、同氏は「建築家にならなかったらペンキ屋になりたかった」と言うほど、色にはこだわりがあったそうです。

神奈川県立音楽堂 ロビー

全面がガラスで囲われて、すっきりとした明るいホワイエです。高い天井は、ホールの客席の床面の段差に沿った階段状とし、空間が最大限に活用されています。

廊下、階段

2階の廊下や、そこに続く階段の床は青色です。一方、壁面には鮮やかな緑色が用いられており、そのコントラストが軽快です。階段の一段目と手摺の端が外に広がり、末広がりのよう、人の動線にやさしく馴染みます。

照明器具

照明器具のデザインが、ホワイエ全体の印象を引き締めるのに大きく貢献しています。現在のそれは複製品ですが、当時のデザインを忠実に再現して製作されました。

神奈川県立音楽堂 ホワイエ 照明

テラゾー床

テラゾー床とは、大理石などの砕石とセメントを混練りしたものを塗り付け、硬化後に表面を研磨・艶出しして仕上げる工法です。高価な石材に代わるのもとして、磨耗に強く砕石や着色顔料の種類で豊かな表情を出せることから、当時人気があった工法です。ただ現在では、時間や手間が掛かるとして従来型のテラゾー仕上げは減ってきています。

ホール

木のホール」内観です。天井の波打つような形状も木製です。細い木の板を曲面になるように並べ、その上からしならせたべニア板でくるみ、白く塗装しています。開館時の座席数は1,331席でしたが、1986年(昭和61年)の改修で座席幅を大きくしたため、現在では1,054席になっています。

ホール 舞台から客席

木造舞台の壁、ドア、天井もすべて木造です。ホールの「すべてが木」でできていて、あたかもホール自体がひとつの楽器のようです。

ホール 客席から舞台

ホール側面の壁は、折れ曲げられています。残響時間は空席時1.4秒で音楽ホールとしては長い方ではありませんが、そのため一つ一つの音がクリアで、舞台上の演奏の息吹が手に取るように伝わります。

ホール側面

壁の三角帽子を伏せたような形状の照明も、前川國男の設計です。

その他の施設

楽屋

楽屋の中に太いが立っています。この場所は竣工当時は外部でしたが、3年後の1957年(昭和32年)に楽屋の数を増やすために増築改修したため、柱が部屋の中に取り込まれました。

楽屋内部柱

左の竣工時の写真にある丸柱が、増築により部屋内に取り込まれました。

渡り廊下

図書館入口脇から、渡り廊下とその先の音楽堂を見た写真です。渡り廊下部分は竣工時には食堂として利用していました。音楽堂の2階レベルが図書館の1階とつながっています。渡り廊下の下はピロティになっていて、北側のガーデンに通り抜けることができます。ファサード的には、音楽堂3階バルコニーのホローブロックが渡り廊下上部につながり、図書館棟外装へと連続しています。

音楽堂と図書館の間の渡り廊下
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まとめ

前川國男氏は、以前にも記事に書いた通り、とても魅力ある設計者の一人です。フランスに渡りル・コルビジェに師事し、文化芸術を愛し、白いジャガーを乗り回す、というどこか人間味をも感じる近代建築における大家です。

神奈川県立音楽堂は定期的に建築見学会を開催しているのですが、今回は70周年記念ということで、音響の専門家の講演、演奏者との座談会、実際の演奏(ミニコンサート)が付随するという特別版でした。特に面白かったのは「演奏者はホールに合わせて演奏を変える」ということです。ホールごとに響きの余韻や反響の具合が異なることはもとより、ホールの特性で強調される楽器や埋没する楽器が出てくるというのです。演奏者は自分の演奏を正確に観客に届けるように演奏技法を駆使するとともに、他の楽器との強弱・バランスについても、リハーサルを通じて確認調整するとのことです。そして本番になると観客が入るので、音が吸収されてリハーサルと異なる響きとなるホールもあるようです。

2018年(平成30年)、かつて「東洋一の響き」と言われたの音楽堂改修工事にあたり、音響を変えないように傷んだ板は張替えずに、宮大工文化財修復で行うように、傷ついた箇所のみを削って修復するという手法が取られました。こうした営みが評価され、2021年(令和3年)神奈川県の重要文化財に指定されています。

70年前の建物がまだまだ現役です。是非、神奈川県立音楽堂の素晴らしい響きと、前川國男の建築をお楽しみいただければと思います。

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前川國男に関する別記事があります。ご興味のある方はお立ち寄りください。